2017年05月30日

 長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室です。

 次期学習指導要領が平成32(2020)年度の小学校から順次、全面実施に入り、「教科等を越えた全ての学習の基盤」として言語能力とともに、情報活用能力を挙げています。
更に、小学校では、プログラミング教育が必修化されますので、時代の変化にも対応する必要があると考えています。

 「ICT・プログラミング教育」の重要性についての記事がありました。
 産経新聞(2017.5.29 )からの引用です。
http://www.sankei.com/life/news/170529/lif1705290030-n1.html


 ICT(情報通信技術)教育は今までも行われてきましたが、自治体や学校によって、機器の整備や、教員の指導力に偏りがあるのも事実です。
ICT教育やプログラミング教育が、なぜ重要なのでしょうか。

 アナログでもデジタルでも「情報活用能力」を

 国立教育政策研究所は、このほど「ICTリテラシーと資質・能力」と題する報告書(*)をまとめました。
リテラシーとは「活用能力」のことで、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)のB問題でも知識を「活用」する力が問われているところです。

 一方、資質・能力とは、次期指導要領で、
 三つの柱(<1>知識・技能
      <2>思考力・表現力・判断力等
      <3>学びに向かう力・人間性等)
 によって、すべての教科等を横断して共通に育むことを目指しているものです。

 情報教育というと、教員でさえICT機器を駆使して行う授業のことだというイメージを持つ人が少なくありませんが、実際にICT教育の先進校に行ってみると、大概は板書や掲示物など、旧来型のやり方と上手に使い分けています。
 報告書でも、情報にはデジタル情報だけでなく、アナログ情報もあるとして、どちらかという議論ではなく、情報をどのような目的で活用するのか、活用能力をどのような目的で育成するのかのほうが重要だと指摘しています。

 次期指導要領のもとになった中央教育審議会答申(2016<平成28>年12月)でも、
情報活用能力とは、「世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉えて把握し、情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決したり自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力のこと」だとしています。

 そのうえで報告書は、情報活用能力を教育したいのであれば、
 学習・指導方法や評価、
 教師教育の改革、
 インフラの整備
 などを、総合的に行う必要があるとしています。

 どれかが十分にならないとできないという話ではなく、全部を一体的に改善しながら進めていかないと、デジタルにせよアナログにせよ、子どもが情報を使いこなす力は育たないのです。


 (*)「資質・能力を育成する教育課程の在り方に関する研究報告書4: ICTリテラシーと資質・能力」の概要について
http://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h28a/syocyu-1-4_s.pdf


 情報活用能力は「教科等を越えた全ての学習の基盤として 育まれ活用される資質・能力」と示されている通り、先進的なデジタル機器を活用する前提としての、21世紀に求められる資質・能力をいかに高めていくかが、教育界の課題です。

 これからの子供さんたちを如何に正しい方向へ導いていくか。
親御さん方も、必要にして十分な情報収集と、子供さんにとって何が重要かの見極めが大事になってきます。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 17:17 | 塾長blog

2017年05月28日

 長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室です。

 幼児期からの英才教育の一環として、子供さん達のお父様方にご協力を頂き、仕事前のひと時を子供さん達と対面で素読をして頂くことをお願いしております。
 共に学ぶことに御協力頂き、お父様方も改めて新鮮なお氣持ちを実感されているようです。


幼学綱要經語鈔

忠節 第二 

 宇内萬國、國體各々異ナリト雖モ、主宰有ラザルノ民無シ。
凡ソ人臣タル者、ソノ君ヲ敬シ、其ノ國ヲ愛シ其ノ職ヲ勤メ、其ノ分ヲ盡シ、以テ其ノ恩義ニ報ズルヲ以テ常道トス。
況ヤ萬世一系ノ君ヲ戴キ、千古不易ノ臣民タル者ニ於テヲヤ。
故ニ臣ノ忠節ヲ、子ノ孝行ニ竝ベテ、人倫ノ最大義トス。

◯書曰、爲下克忠。

◯叉曰、世篤忠貞、服勞王家。

◯詩曰、夙夜匪解、以事一人。

◯論語曰、事君能致其身。

◯又曰、君使臣以禮、臣事君以忠。

◯叉曰、勿欺也。而犯之。

◯叉曰、可以託六尺之孤、可以寄百里之命。臨大節而不可奪也。君子人與、君子人也。

◯孝経曰、以孝事君即忠。

◯叉曰、君子之事上也、進思盡忠、退思補過。將順其美、匡救其惡。

◯大學曰、爲人臣、止於敬。

◯孟子曰、責難於君、謂之恭、陳善閉邪、謂之敬。吾君不能、謂之賊。

◯又曰、君子之事君也、務引其君、以當道、志於仁而已。



 所謂、漢文の白文。
解釈によって読みも異なりますが、漢文の文法を踏まえれば、素読をするとリズム感のある漢文の良さが良く分かります。

 子供さん共々、暗記するまで音読を繰り返して頂いた方には、次のテキストを配布致しております。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 13:20 | 塾長blog

2017年05月23日

 長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、日本の価値のある教育の歴史を踏まえて幼児教育の重要性について述べることが多々あります。

 従来は、「小1プロブレム」対策は、即ち入学したばかりの小1が小学校での学習に慣れることができるようにするための、幼稚園から小学校の生活に適応させることに主眼が置かれている対策、という意味合いで用いられていました。

 ところが、文部科学省が次期の学習指導要領で方針の転換を図っているのです。

 そこで、
 「幼稚園・保育所の学びが小学校の基礎に」という産経新聞(2017.5.19 )の記事からの引用です。
http://www.sankei.com/life/news/170519/lif1705190049-n1.html

(引用)
 次期の学習指導要領(小学校は2020<平成32>年度から全面実施)と幼稚園教育要領(18<同30>年度から全面実施)は、幼児期と児童期の教育の連続性・一貫性を強調しており、幼稚園などでの教育と、小学校低学年での教育の目標を「学びの基礎力の育成」と位置付けています。
そこで重視されるのが、幼小接続期カリキュラムです。

同研究所は、幼小接続期カリキュラムのうち「幼児期の学びが小学校の生活や学習で生かされてつながるように工夫された5歳児のカリキュラム」をアプローチカリキュラム、「小学校入学後に実施される合科的・関連的カリキュラム」をスタートカリキュラムと説明しています。

具体的に言えば、幼稚園などと小学校が連携して、幼稚園などで5歳児後半にアプローチカリキュラムを実施したうえで、小学校では入学後直後にスタートカリキュラムを実施することになります。


 カタカナの外来語ばかりで、何を言わんとするかがわかりにくい表現ですね。

 ギュッと圧縮して言いますと、

 小学校入学前に、しっかりと読み書きができて、
 「小学校入学後に実施される合科的・関連的カリキュラム」に対応できるようにすることが当面の目標である。

 つまり、国語や算数といった単科科目の枠組みを超えて、科目を横断したり、関連づけられた問題にも対応できるだけの、理解力や判断力をつけておくこと、
 が必須である!・・・ということです。

 要は、「5歳児後半」までに、少なくとも小学校就学までには、しっかりとした読み、書き、その意味合いを理解できる力を身につけさせておかなければ、
小学校一年生からは、どんどん授業は進みます。
 遅れた子供さんは親御さんの自己責任とならざるを得ません、ね。

・・・と言っているように、筆者は考えます。

 何故なら、先進諸国との苛烈な競争に生き抜いていくためには、日本も本腰を入れて所謂「エリート教育」をせざるを得なくなっています。
 「みんな仲良く一緒にゴール」といった、日本の悪しき平等主義の教育では、全く通用しないと認識し始めているのです。

 もともと、江戸、明治期までの日本では「分に応じた」教育がなされていたのですが、
大東亜戦争に負けて、米国から日本の素晴らしい教育制度をズタズタにされ戦後七〇年を過ぎて、やっと気付かされて修正を始めたかのようです。

 さらに、
(引用)
 次期幼稚園教育要領では、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿として、「健康な心と体」「自立心」「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」「社会生活との関わり」「思考力の芽生え」「自然との関わり・生命尊重」「数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚」「言葉による伝え合い」「豊かな感性と表現」の10項目を示しています。
 一方、小学校の次期学習指導要領では、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を踏まえた指導を工夫することにより、幼稚園教育要領等に基づく幼児期の教育を通して育まれた資質・能力を踏まえた教育活動を実施」するよう求めています。

 これについて同報告書は、幼稚園などと小学校の教員の間で、「5歳児修了時の姿が共有化されることによって幼児教育と小学校教育との接続が一層強まることが期待されている」としています。


 「健康な心と体」「自立心」「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」「社会生活との関わり」「思考力の芽生え」「自然との関わり・生命尊重」などと列挙されているのは、
 実は江戸期までのエリート教育である「士道教育(武士として踏み行う行うべき道義教育)」を標榜しているかのようです。

 エリート教育の定義は様々ですが、
日本人として「世の為人の為になる」人を目指すのがエリートとすれば、それぞれ分に応じて切磋琢磨することは、優秀な人材にとっては大事なことではないでしょうか。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 22:20 | 塾長blog

2017年05月22日

 長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室には、幼児教育や英語教育に関するお問い合わせがあります。
マスメディアやネット情報では英語のnative教育を煽る情報が溢れていることもあり、多くの人は早く英語に慣れることが英語の力を上げることになると思い込まれている節があります。

 しかしながら、お遊び的な英会話を何年続けても全く英語の力がつかないことは、英語力のある人ほどご存知です。

 つまり、例えば日本人であれば身につけるべき母国語である国語力を例にとってみましょう。

 生まれてから常に日本の言葉に囲まれて育つ赤ちゃんの時から始まって徐々に日常会話ができるようになり、親子や兄弟ではコミュニケーションができていても、幼稚園や小学校などの就学年齢に達した時に、同輩や年配の人、また先生方とのしっかりした意思の疎通(コミュニケーション)ができる子供さんがどれほどいるでしょうか。
 また、会話だけでなく文書を読んで理解し、必要に応じて自らの意見を(ひらがなやカタカナであっても)文書にすることができるような子供さんはどれくらいいるでしょうか。

 そのように、我が子のみならず、周りの子供さんたちを見たときに、如何に日本語の読み書きができていないかを実感できるはずです。

 そうであれば、母国語である国語をしっかり身につける前に、外国語である英語を早々と学ぶことの愚を多くの日本人は等閑視しています。


 それに関する得心させるような記事があります。

 「小6の約3割が英語嫌いに」産経新聞(2017.5.22 )
http://www.sankei.com/life/news/170522/lif1705220026-n1.html

(引用)
 2011(平成23)年度から小学校の高学年に「外国語活動」(英語教育)を導入した現行学習指導要領は、実施から6年がたちました。
これについて国立教育政策研究所は、6年間の「外国語活動」の成果や課題を調べた調査の結果をまとめました。

英語によるコミュニケーション能力の向上など大きな変化が見られる一方、小6の約3割が「英語嫌い」になっている他、中学校の英語教育との接続にも問題があることがわかりました。

 しかし、英語に関する授業の好き・嫌いを尋ねたところ、小5の15.6%が「どちらかといえばきらい」、4.0%が「きらい」と回答。さらに小6では「どちらかといえばきらい」が20.5%、「きらい」が6.3%と増えています。
合計すると、小6の約3割が英語の授業に苦手意識を持っていることになります。
逆に言えば、残り約7割の児童は英語の授業が好きだとも言えますが、中学校で英語を教科として学ぶ前に、既に3割近くの子どもが「英語の授業が嫌い」になっているというのは大きな問題だと言えるでしょう。

 2020(平成32)年度から全面実施される次期学習指導要領では、小学校高学年で英語が教科となる予定ですが、場合によってはさらに「英語嫌い」が増えることも懸念されそうです。


 これでは、文科省のお役人が意図する結果とは程遠いことになります。

更に、
(引用)
一方、中学生は「小学校の英語の授業でもっと学習しておきたかった」こととして、「英単語を書くこと」83.7%、「英語の文を書くこと」80.9%、「英単語を読むこと」80.1%などを挙げています。
さらに「小学校の英語の授業で学んだことの中で、中学校の授業で役立ったこと」では、「アルファベットを読むこと」88.8%、「アルファベットを書くこと」83.9%と回答しており、小学校のうちに英語の「読む・書く」を教えておいてほしかったと思っているようです。
これについて同研究所は「外国語活動において音声中心で学んだことが中学校でうまく生かされていない」と指摘しています。


 これは、当塾の塾生にも言えることです。

 国公立、私立を問わず、小学校課程で英語の授業を受けているにもかかわらず、念の為に英語の教科書について筆者が質問すると、全くシドロモドロになってしまいます。
 最低でも週に一回は授業を受けているにもかかわらず、「読めない、書けない、意味がわからない」という現状です。

 そのような現状をほとんどの親御さんがご存知ありません。

 読み、理解し、書くことができないレベルの国語力で、英語を学ぶことの弊害に世の人々が早く氣付かない限りは、「英語嫌い」の子供達が増えていくことになりそうです。

 小学校の親しむための楽しい英語では、読めない、書けない、文章を作れない、という現実に教育者も父兄も氣付かなければなりません。

 当塾では、
 英語の授業がある以上は、「読み、書き、作文」が英語でできなければならないと考えます。

 英語力は国語力の裏付けがあってこそ伸ばすことができます。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 16:40 | 塾長blog

2017年05月15日

 長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、前日の大雨が嘘のような晴天に恵まれた五月十三日に、九州大学筑紫キャンパスまで参りました。
 三々五々集合し、
先ずは竹田教授の子供達や親御さん向けの講義を聴講。

 テーマは「目に見えないものを『見る』」。
 教授のわかりやすさとお人柄がにじみ出たご説明を堪能いたしました。

 出だしは、少しserious(シアリアス:真剣な、冗談ではない)なお話からです。

曰く、
 大学での「落ちこぼれ」の現状は深刻であること。

◯大学入試に合格できたが真の学力がない
◯自分の頭でじっくり考えようとせず、せっかちに答えだけを知りたがる。
◯少し長い論理的な文章が読めない・書けない

 結果、

●卒業研究で挫折 → 卒業できない

●就職活動で挫折 → 就職できない

 ・・・という、悲惨なケースが生じていると。
 その原因は、
 「考えない訓練をしてきた?」
 つまり、
 テストの点数は上がるが、考える力がついたわけではない。

 ・・・筆者も同じ考えですが、

 幼い頃から、考える癖、考え続ける辛抱強さ、疑問を持つ姿勢、などを身につけないといけない。
 裏を返すと、親御さんの学ばせる姿勢次第、ではないかということです。


九州大学Open Campus
<九州大学Open Campus 案内>

 その後の展開は詳述できませんが、
竹田教授の楽しい「本日のお品書き」をご紹介します。

 ■ 目に見えないものを「見る」
  ・手についたバイキンを「見る」
  ・原子・分子を「見る」
  ・磁石の力を「見る」
  ・地球の丸さを「見る」
 ■ 何もないことを表す記号0の発明
 ■ 目に見えないものを「見る」力を養うには?
 ■ おわりに

 貴重なお話と、子供達を見る優しい眼差しが有り難い一日でした。

 感謝しつつ御礼を申し上げたいと思います。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 16:36 | 塾長blog

2017年05月10日

 作文は得意ですか、苦手ですか。

 子供達だけでなく、かって原稿用紙のマス目を埋めるのに苦労されたご父兄もいらっしゃることでしょう。

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室では、幼児さんの頃から語彙を増やしつつ、文章を書く訓練をしています。


 そもそも我が国の作文教育については、小・中学校の義務教育において、しっかりと学んで書く力が身についた、という実感を持つ人はいないのではないでしょうか。
また、高校での大学受験に向けての小論文対策などは、それが実社会で有用な文章力を発揮できるか否かという視点ではなく、あくまでも希望の大学へ入るためだけの付け焼き刃的な指導にしか過ぎません。

 結局のところ、作文作成力や文章力を上げるには、個々人の自助努力まかせと言っても過言ではないでしょう。

 何らかの目的を持った文章を作成する力は、社会人としてどのような職業に就くにしろ、必ず必要となる基本的なskill(スキル:技能、技術)です。
 それにもかかわらず、
我が国の作文教育では、作文の作法を基礎から技術的に指導をしていません。
 小学校に上がってから、段階を追って日本語の文法と文章作法を教え、文章を書く目的に合わせて、必要にして十分な語彙の活用を訓練するべきだと考えます。

 たまたま以下の論に巡り会いましたのでご紹介します。

 「我が国における作文教育の問題点」慶松勝太郎著
 http://ci.nii.ac.jp/els/contents110008748843.pdf?id=ART0009823601

 筆者の考える、社会において必要な文章 能力・言語能力は以下の如くである。

1 文法的に間違いのない正しい日本語が書 けること。
2 この名詞にはこの動詞を用いる等の日本 語の慣習に従った文章が書けること。
3 簡潔でわかりやすい文章が書けること。
4 事実を事実として感情を交えずに、叙述 できること。
5 論理的文章が書けること。
6 客観的事実と主張、主観の区分が明示で きること。
7 でき得れば、多くの語彙を持ち、さまざ な表現ができること。


 また、「作文教育の日米仏の比較 」という項目では、文章力養成のために国柄にあった明確な方針を示して教育をしている点が注目されます。

 渡邉雅子の論文に依れば 1874 年にハー バード大学でラテン語の代わりに英語によ るエッセイ(小論文)が始めて入試に組み 入れられ、エッセイを書く能力では特に「正 確さ、明晰さ、簡潔さ」が重視された(渡 邉雅子 2007 年,596 頁)。つまりハイスクー ル卒業までに正確、明晰、簡潔な文章を書 く訓練が要求されたことになる。

 アメリカ では、Language Arts の授業で、「読む」こ とより「書く」ことに重点を置いている。
「アメリカの国語の授業が目指すものは、 さまざまな文章とその書き方を教え、それ らを状況に応じて書き分けられるようにす ること」である。
 例えば、ある小学 5 年生 の教科書では「物語」「詩」「手紙(ビジネ スレターと親密な手紙)「」説明文」「説得文」 「写真エッセイ」「レポート」「インタービ ュー」「広告」「本の紹介」「自伝」「戯曲」 の 12 の異なるジャンルの書き方が紹介さ れている。
各ジャンルに特有の表現、例え ば新聞記事では客観性をもたせるため受身 の形を多く使う、逆に説得するためのエッ セイでは受動態を能動態に書き換えるなど の練習が行われる(渡邉雅子 2007 年、 575-576 頁)。

 渡邉によれば、フランスの国語教育は日 米と異なり、特に初等教育では文法が学習 の中心を占める。

「フランス語(国語)」の 内容は「文法」「動詞の活用」「綴り字」「語 彙」「文学活動(話す、読む、書く)」「詩」 「演劇」の 8 項目に分けられている。
フラ ンス語は数学と並んで、二大重点科目で、 特に「文法」「動詞の活用」「綴り字」など 「書く」ための基本項目は算数とともに集 中力が高まる午前中に指導が行われる(渡 邉雅子 2007 年、576 頁)。

 文法、中でも動 詞の活用、綴り字に重点が置かれるのは、 日本語と違い、人称ごとに動詞の接続が異 なることや、時制の多いこと、またひらが な表記では音と表記が一致する日本語に対 し、スペリングと音の一致がないフランス 語の特徴によるものとも思われるが、「書く 技術向上のためのアメリカの文法教育と異 なり、フランスではあくまで『文法的に正 しい』文を書くことに重点が置かれている」。

  フランスでは「小学校で『正しく』書くこ と、中学校では『美しい文』を書くこと、 高校では『論理的な構造』で書くことと、 段階的な到達目標を掲げている」(渡邉雅子 2007 年、578 頁)。
(小中学校から段階的に 積み上げ)本格的に書く訓練が行われるの は、高校最後のバカロレア準備級になって からである(渡邉雅子 2007 年、607 頁)。

渡邉雅子, “日・米・仏の国語教育を 読み解く“, 『日本研究』, 35, 2007, pp. 573-619.


 米国では、
 「アメリカの国語の授業が目指すものは、 さまざまな文章とその書き方を教え、それ らを状況に応じて書き分けられるようにす ること」
 また、
 「ハイスクー ル卒業までに正確、明晰、簡潔な文章を書 く訓練が要求されること」

 仏国では、
 「小学校で『正しく』書くこ と、中学校では『美しい文』を書くこと、 高校では『論理的な構造』で書くことと、 段階的な到達目標を掲げている」

 これに比し、我が国では、明確で具体的な作文教育の目標や目的が明示されているのでしょうか。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 14:32 | 塾長blog

2017年05月04日

 早いもので明日は立夏(24節氣のの穀雨から数えて十五日目))。田植えや種蒔きの始まる頃です。
長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室は連休中の一日、学習の合間に工作をしました。
新暦の端午の節句に因んで、ダンボールで好きなものを作ろう、と始めました。

 カッターナイフの使い方を教えると、それぞれ考えながらダンボールと格闘。
見様見真似で、日本刀と手裏剣を作成。

そして、お決まりのチャンバラ。 
昔から、日本人の子供らしい遊びの定番です。

日本刀
<ダンボール日本刀>

 身近なもので工作をして遊ぶことは、想像力や工夫する智慧が必要です。
何かを作るためには、観察眼と創造力を駆使しなければなりません。
「ものづくり」は、子どもの学びには不可欠です。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 20:58 | 塾長blog

2017年05月02日

 世の中では、様々な教育論や子育て論が喧しく喧伝されています。
長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、参考にするか否かは是々非々です。

 注目の十四歳の最年少プロ棋士・藤井四段。
早速、以下のような記事が配信されています。
 
 
 産経新聞(2017.5.2)
 14歳プロ棋士・藤井四段はこうして生まれた! 天才の育て方、専門家「親の接し方こそが重要になる」
http://www.sankei.com/life/news/170502/lif1705020010-n1.html

小学1年当時、将棋大会に参加した藤井四段
<平成21年 小学1年当時、将棋大会に参加した藤井四段>

(引用)

  「自分としてはそんな特別なものはないというか…」

 藤井四段は、文芸春秋(3月号)のインタビューで「自分は天才だと思うか?」と問われ、戸惑い気味にそう答えた。

 この言葉通り、藤井四段にとって将棋は、能書きを無視して夢中になれるものであり、その進化を「強くなりたい」との思いが支えてきた。

 生来の負けず嫌いを伝えるエピソードは枚挙にいとまがない。同誌によれば、小学生の頃、谷川浩司九段から指導を受けた際は、負けが決定的となり「引き分けにしようか」と提案されると、盤を抱えるようにして泣き出したという。

 私生活では中高一貫校の名門、名古屋大教育学部附属中に通う優等生でもある。好きな科目は数学や歴史、地理。読書家でもあり、小5の時には司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読破。新聞は最初から最後まで目を通し、家族とさまざまなことを語り合うという。


 結論としては、

 「心の土台」「思考の土台」をどう作ってやるか。才能豊かな人間を生むには、親たちが、子供の心にどう寄り添っていくかが重要


・・・何時の時代も変わらないことは、

 「心の土台」=しっかりとした倫理観を幼児期に植え付けること。

 「思考の土台」=読み・書き・算盤の力をしっかりつけながら、良書を読み込む力をつけること。

 に尽きるのではないでしょうか。

  百田尚樹の「海賊と呼ばれた男』や司馬遼太郎の『竜馬がゆく』などの長編小説を、小学生の時に読破するなどといった力を身につけるだけの環境を、親御さんが作り上げていることも一つのヒントです。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 15:28 | 塾長blog

2017年04月30日

 長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、幼い時から家族のみならず、他者とも意思の疎通が出来るように訓練する必要があると考えます。
 その為にも、基本の「礼」については、本ブログの「貝原益軒の説く「幼児教育」其の七」(以下、参照)で述べたように、幼い時よりしっかりと身につけさせる必要があります。
 特に、挨拶は時間の観念をしっかり認識させる意味でも重要です。

 礼は天地のつねにして、人の則(のり)也。
則(すなわ)ち人の作法を言へり。
礼なければ、人間の作法にあらず。禽獣に同じ。
故に幼(いとけなき)より 、礼をつつしみて守るべし。

・・・礼(社会生活をする上で、円滑な人間関係や秩序を維持するために必要な倫理的規範)は、天地(天と地、世界)の常(世の中の理(ことわり)、ならわし)であり、人の則(のり=手本として従う規範、基準)である。
即ち(言い換えれば)、人の作法(礼にかなった立ち居振舞い。物事を行う方法)のことである。
礼がなければ、人間の作法ではない。禽獣(鳥や獣)と同じである。
故に、幼い時より、礼を慎んで(過ちの無いように行動を控えめにし)守るべきである。


 さて、英語教育に関心をお持ちの方なら、日々様々な情報が流れてきているのでご存知かもしれませんが、小学校で平成32(2020)年度から全面実施の5、6年生の英語の教科化、及び3・4年生の外国語活動に関連しての記事が目につきました。

 「小学校は英語力重視で教員を採用」 (産経新聞)

(引用)
 平成32(2020)年度から全面実施される小学校の次期学習指導要領では、高学年で英語が教科になる他、現在は高学年で実施されている「外国語活動」が3・4年生に前倒しされることになっています。ここで問題となるのが、小学校教員の英語力です。大学の小学校教員養成課程では英語を学ばないため、多くの小学校教員が英語の指導に自信がないというのが実情です。


 詳細は記事をお読みいただきたいのですが(http://www.sankei.com/life/news/170428/lif1704280046-n1.html)、正直なところ、文科省の方針はチグハグ感は否めません。
つまり、十分に教員養成や試行を重ねてから実施するなら話はわかるのですが、現在の小学校の先生に負担を増やすだけのやり方では、教育現場が混乱します。
何より、小学校で早々と英語教育をする弊害のみが露呈するはずです。
 つまり、ただでさえ落ちている「国語力」が更に落ちていくことです。
当然のことですが、それと連動して「算数」の力や、その他の教科の力も確実に落ちていくでしょう。

 Active Learning(アクティブ・ラーニング)の導入といい、小学校英語の導入といい、かっての「ゆとり教育」の失敗と同様に、後世に禍根を残す愚策ではないかと考えます。

 しかし、次期学習指導要領が実施される以上は、ご家庭でもその対策を立てていかないことには、気がつくと我が子だけが学力がつかず取り残されるということにもなりかねません。

但し、慌てることなく、お子さんにとって何を身につけるべきかを冷静に考えて対応すれば懸念することはありません。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 16:11 | 塾長blog

2017年04月26日

 長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、子供達に国語力をつけるためにも歴史の素養を身につける事と連動させていきたいと考えています。

 先にご紹介していました「少年日本史」(平泉澄著)。
現在学校で用いられているどの歴史教科書よりも格調高く日本の國史を紐解かれています。
所謂、名調子です。
 平泉澄先生のような方に講義をして戴くと、誰でも歴史に興味を持つのではないかと思います。

 そこで、昭和四十五年に出版された「少年日本史」(平泉澄著)から「神武天皇」の項を引用してご紹介します。
(尚、長文ですが名調子を味わっていただきたく、そのまま引用いたします。)


八咫烏に導かれる神武天皇(安達吟光画)
<八咫烏に導かれる神武天皇(安達吟光画)>


 神武天皇

「日本」と云う國家を建設し、日本民族の中心となって、その團結を固め、其の理想をかかげ、其の方向を決定した英雄は、一體誰であったか、と云う問題になります。
それは神武天皇であります。

 神武天皇と云いますと、皆さんは、非常に縁遠いお方のように感じるかも知れません。
ところが事實は、全く反對なのです。
 皆さん、皆さんの姓名を考えてください。
姓と名とを分けて、姓だけを、苗字と云います。
皆さんの苗字は、何と云いますか。
山田ですか。木田ですか。小島ですか。
村上、夏目、手塚、飯沼、依田、多田、小國、山縣、清水、田尻、浅野、土岐、船木、石川、この中のどれかではありませんか。
佐竹、武田、小笠原、秋山、南部、里見、新田、大館、今川、畠山、細川、この中にありませんか。
是等は源氏ですよ。
しかも清和源氏と云って、清和天皇から出ているのです。
そしてその清和天皇は、神武天皇の御血統を受け継がれたお方であり、神武天皇を第一代として、第五十六代の天皇でおありになるのですから、上にあげた苗字の人々は、近くは清和天皇、遠くは神武天皇を御先祖としているのです。

「僕の家の苗字は、違うんだ」と云うのですか。それでは何といいますか。
村岡ですか。三浦ですか。畠山ですか。相馬、梶原、北條、名越、金澤、伊勢、杉原、和田、千葉、この中のどれかですか。
是等は桓武平氏と云って、元は桓武天皇から出ているのです。
そしてその桓武天皇は、神武天皇の直系、第五十代に當たられるのです。

 また是等とは別に、近藤とか、進藤とか、武藤とか、尾藤とか、呼ばれる家があります。
佐藤や、加藤、後藤、齋藤になると、一層多いでしょう。
それらの家は、林や、冨樫、武田、河合、稲津、結城、松田、佐野、波多野などと同じく、先祖をさかのぼる時は、左大臣藤原魚名から出ています。
魚名は今より千二百年ばかり前の人ですが、魚名の祖父は不比等、不比等の父は大織冠藤原鎌足、その鎌足が天智天皇の重臣であった事は云うまでもなく、
もっとさかのぼれば、太古から皇室の重臣あって、神武天皇にお仕えした天種子命(あまのたねこのみこと)から出ているのです。
して見れば、齋藤も後藤も、その外、上にあげた家々は、神武天皇の重臣として、建國の大業をお助けした英傑の子孫である事、明らかでしょう。


 今から百七、八十年前の事ですが、寛政四年に、柴野栗山と云う學者が、神武天皇の御陵(天皇の御墓を御陵と云います)へお参りして、その痛ましい荒れ果てようを見て悲しみ、泣きながら詩を作りました。

 遺陵、わづかに路人に問いて求む、
 半死の古松、半畝(はんぼ)の丘、
 聖神ありて帝統を開きたまはずんば、
 誰か品庶をして夷流を脱せしめん、
中頃を少し省きますが、最後には、
 百代の本枝、かず億ならず、
 誰か能く此の處に一たび頭をめぐらす、

 と結んであります。

 意味は、「神武天皇の御陵は、今は立派でも無く、有名でも無いので、何處にあるのか、探しあてるのが容易で無く、路行く人に尋ね尋ねして、ようやくの事でお参り出来たが、来てみると、小さな丘の上に、枯れかかった松が一本立っているだけである。神武天皇が日本民族を統一し指導して、そして『日本』という國家を建設して下さらなかったならば、日本民族はいつまでもバラバラと分散して、低級な生活から脱出することが出来なかったであろうから、神武天皇は我々の大恩人としなければならぬ、そればかりでは無い、我々は神武天皇の子孫では無いか、神武天皇より今に至るまで、凡そ百代、二千数百年の間に、その直系(本)と分家(枝)と段々増加して、子孫の数は、幾億人と云う多数にのぼっている、卽ち、神武天皇は我々の大恩人であると同時に御先祖であるのに、誰も御陵をかえりみる人が無いと云うのは何と悲しいことでは無いか」と云うのです。

 この栗山と云う學者は、讃岐(香川縣)から出て幕府に用いられ、學問教育の方針を立て直した、優れた人物ですが、神武天皇に対しましての感激も流石に見事であります。

「百代の本枝、かず億ならず」と詠まれたのを、逆に説明して見ると、皆さんには、父と母と、親が二人あリましょう、その父にも親が二人、母にも親が二人ありますから、あなたの祖父、祖母は四人でしょう、その一代前になれば八人でしょう、そのまた一代前に溯れば十六人でしょう、も一つ前は三十二人、その前六十四人、一代平均三十年として、あなたから二百年ばかり前には、あなたの先祖は六十四人ばかりになるでしょう、二百年でそれですから、二千年さかのぼる時は、大變な数に上る事が分かりましょう。
 しかもそれはあなた一人でなく、お友達の誰も彼も皆同様なのです。

 して見れば日本民族、この島國に居住して幾千年、いつの間にか皆親類になり、親戚になっていて、いわゆる血が續いている間柄だと分かりましょう。
そして其の大きな血族團體の中心、いわば本家が皇室であり、その皇室の御先祖として、國家建設の大業をなしとげられたのが第一代神武天皇でおいでになるのです。
その神武天皇のご恩を忘れ、御陵をかえりみる者も無いのを嘆いたのですから、栗山は正しい知識と、素直なる感情を持っていたと云わなければなりません。

 それでは神武天皇は何處においでになり、何をなさったのかと云いますと、初めは日向(宮崎縣)においでになりましたが、日本國中、いくつにも分かれて相争っているのを御覧になり、之を統一して立派な國家としなければならぬと御決心になり、兵をひきいて船出し給い、宇佐(大分縣)、岡田の宮(福岡縣)、タケリの宮(又はエの宮、廣島縣)、高島の宮(岡山縣)等を經て浪速(大阪府)へ入り、河内から生駒山を越えて大和(奈良縣)へ入ろうとされた時に、頑強な敵の抵抗にあって、天皇の御兄(おんあに)五瀬命(いつせのみこと)は重傷を負われました。

 そこで天皇は、「我は日の神の子孫でありながら、日に向かって戦ったから、天罰を蒙ったに違ない、神をうやまい、日の神の御光を背に負うて戦うならば、必ず敵を亡ぼす事が出来るであろう。」とお考えになり、方向をかえて大阪湾を南へ下り、紀伊(和歌山縣)へお入りになった。重症の五瀬命は、ここでおかくれになったので、竈山に葬られた。天皇は進んで熊野へお入りになったが、山険しくて行くべき道なく、困り切って居られたところ、夢のお告げがあって、天照大神より八咫烏(やたがらす)を案内者としてつかわされた。後の大伴氏の先祖である日臣命(ひのおみのみこと)が兵をひきいて八咫烏のあとについて進み、宇陀(奈良縣)へ入った。天皇宇陀の高倉山のいただきにお登りになって、四方の状況を御覧になると、あちらにも、こちらにも、八十梟師(やそたける)が居って、天皇に抵抗している。國見岳の上にも居れば、磯城(しき)にも居る。葛城には赤銅(あかがねの)八十梟師がいる。
「八十」と云うのは、「数多くの」の意味、「梟師」は「勇敢なる人」の事ですから、何處(どこ)にも彼處(かしこ)にも、勇敢な人が澤山居って、それが皆互いに争って居り、そして今、天皇に抵抗したのでしょう。

 天皇は次第に之を平定して進まれ、最後に長髄彦(ながすねひこ)と對戦せられましたところ、頑強なる抵抗を打ち破る事ができず、官軍は苦戦に陥りました。その時、一天俄にかきくもり、氷雨が降ってきた中に、金色(こがねいろ)の不思議な鵄(とび)が飛んで来て、天皇の御手に持って居られた弓の弭(ゆはず;弓の先端)にとまりました。その鵄の光、電光の如くに強く輝いたので、賊兵は目がくらんで戦う事が出来なくなった。
長髄彦の所には、もとは天皇と同族である饒速日命(にぎはやひのみこと)が来て居られましたが、長髄彦の頑迷であって、どうしても教化に應じないのを見て、之を殺して帰順せられました。是が後世の物部氏の先祖で、子孫は長く武を以って國の守護(まもり)を擔當(たんとう)したのです。

 やがて方々の八十梟師、皆平定したので、天皇は橿原宮(かしわらのみや)に於いて御卽位式をあげられました。
古くは其の御徳を讃えて、「畝傍(うねび)の橿原に、底磐根(そこついはね)に宮柱(みやはしら)太しき立て、高天原に千木高(ちぎたか)知りて、はつくに知らす天皇(すめらみこと)」と申し上げましたが、御名は神日本磐余彦天皇(かむやまといはれひこのすめらみこと)、後に神武天皇と申し上げる事になったのです。

 話は簡単に、いわば一瀉千里(いっしゃせんり)で進みましたが、是は大變な大事業であって、容易な苦難では無かったに相違ありません。
日本書紀によれば、日向を御出發になってより、大和の平定まで、六年かかったとあり、古事記では、途中の御滞在御準備だけで、十五年、従って全體では、十七、八年かかった事になります。

 國家建設という事は、このように重大な、そして苦難の多い大業です。
近い例を、アメリカ合衆國にとれば、その獨立宣言は、西暦一七七六年でしたが、その後ワシントン(Washington)は随分の苦戦に陥り、それを踏越え踏越えて、遂に獨立の承認をかち得たのが、一七八三年、この間八年かかっています。

 また支那大陸に建設せられた國家、昔から數多くある中で、最も強力であって、且つ永續したものは、漢ですが、その初代の皇帝は、名を劉邦(りゅうほう)といいました。
その劉邦が兵をあげてから秦を亡ぼすまでに足掛け四年かかり、秦が亡びても項羽(こうう)という競争者が出て来たので、その項羽との戦いに足掛け五年かかり、前と合わせて八年の間、非常な苦労をして、ついに皇帝のくらいに着き、漢という國家をつくりあげたのでした。
殊(こと)に項羽という人は「力、山を抜き、氣、世を蓋(おほ)ふ」と、自分でも自任していたほどの英雄でしたから、此の人との戦いは、容易なことでは無かったに違いありません。

 今、神武天皇が、到る處に割據している八十梟師を、或いは討ち滅ぼし、或いは心服させて、日本民族統一の大業を成しとげられた事は、その大理想に向って一途に進み、いかなる苦難にも決して二の足を踏まれなかった英邁豪壮の御精神による事として、後世之に感激して、御諡(おんおくりな)を神武天皇と申し上げる事になったのです。
 


 日本の歴史が世界に類のない連綿とした国体を保ち得たのは、世界史的に見ると奇跡ともいえるものです。
将来を担う子供達に、日本の素晴らしい歴史をしっかりと学んで欲しいと考えます。
posted by 羅針塾|長崎市総合学習塾 at 16:07 | 塾長blog